視界に情報を表示するHUD(ヘッドアップディスプレイ)とは

バイクのヘルメット

バイクで初めての場所へツーリングに行く際、ナビゲーションは欠かせない存在となりました。しかし、ハンドルのホルダーに固定したスマートフォンやメーターを確認するために、頻繁に視線を下に落とすことに不安を感じたことはないでしょうか。ほんの一瞬目を離した隙に、前の車が急ブレーキをかけてヒヤリとした経験を持つライダーも少なくないはずです。そんな危険な視線移動を劇的に減らし、まるでSF映画のようなライディング体験を提供してくれる技術として、HUDことヘッドアップディスプレイが注目を集めています。今回は、この技術がバイクの安全性と利便性をどう変えていくのかについて解説します。

戦闘機から生まれた技術がバイクの安全性を高める

ヘッドアップディスプレイとは、人間の視野の中に半透明のスクリーンやレンズを通して映像を投影し、背景と重ね合わせて情報を表示する技術のことです。もともとは軍事技術として開発され、戦闘機のパイロットが計器類を見るために視線を外すことなく、操縦に集中できるように作られたものでした。その後、高級自動車などへの採用が進み、現在ではバイク用のデバイスとしても普及が始まっています。

この技術の最大のメリットは、圧倒的な安全性の向上です。時速60キロで走行しているバイクは、わずか1秒の間に約17メートルも進みます。メーターやスマホを見るために視線を下に落とし、再び前を見るまでの時間が合計2秒だったとすれば、その間ライダーは30メートル以上も前方をしっかり見ていない状態で走っていることになります。HUDを使えば、視線を前方道路に向けたまま、視界の端に浮かび上がる速度計やナビゲーション情報を確認できるため、この「魔の空白時間」を極限までゼロに近づけることができるのです。

また、視線の向きだけでなく、目の焦点調節にかかる負担を減らせる点も見逃せません。遠くの道路を見ている状態から、手元の小さなスマホ画面に焦点を合わせ、また遠くに戻すという動作は、脳と目に意外なほど負荷をかけており、長時間走り続けると疲労の原因になります。HUDの多くは、光学的な工夫により数メートル先に映像があるように見えるよう設計されているため、焦点の移動量が少なく済み、結果として長距離ツーリングでの目の疲れを軽減してくれる効果も期待できるのです。

後付けデバイスで手持ちのヘルメットが進化する

HUDと聞くと、専用の近未来的なヘルメットを買い替えなければならないと考える方もいるかもしれませんが、現在は手持ちのヘルメットに装着できる後付けタイプのアタッチメント型HUDが主流になりつつあります。これらのデバイスは、インカムのようにヘルメットの側面に本体を取り付け、小さなディスプレイユニットを片目の前に配置する構造になっています。Bluetoothでスマートフォンと接続することで、IoTデバイスとしての真価を発揮します。

表示される情報は多岐にわたりますが、基本となるのはナビゲーションの矢印表示と現在の速度、そして到着予想時刻などです。スマートフォンの画面をそのままミラーリングするのではなく、専用アプリを通じて必要な情報だけをシンプルに記号化して表示する「ターンバイターン方式」を採用しているものが多く、これによりライダーは余計な情報に惑わされることなく、次に曲がるべき交差点と方向だけを直感的に把握できます。

さらに、スマートフォンへの着信やメッセージの通知、再生中の音楽タイトルなども視界に表示されます。これまでなら、ポケットの中の振動に気づいて路肩に停車し、グローブを外してスマホを確認していた作業が、走りながら視線を少し動かすだけで完結します。重要な連絡かどうかもその場で判断できるため、ツーリングの流れを止めることなく、デジタルライフとライディングをシームレスに融合させることができるのです。

AR技術との融合で見えてくる未来の景色

現在のHUDは、単純な数値や矢印を表示するものが中心ですが、技術の進化はそこにとどまりません。今後はARこと拡張現実技術との融合がさらに進んでいくでしょう。これは、カメラで捉えた現実の風景に対して、デジタル情報をリアルタイムで重ね合わせる技術です。例えば、単に「右折」の矢印が出るだけでなく、実際の道路の上に「進むべきルートのライン」が色付きでペイントされたように表示されれば、複雑な交差点でも迷うことはなくなります。

また、安全支援システムとしての役割も強化されていくはずです。死角から接近する車両をセンサーが感知し、HUD上のその方向に警告マークを出したり、カーブの先に障害物がある場合に事前にアラートを表示したりといったことが可能になります。これはまさに、バイクそのものがライダーの第六感となるような体験です。IoT技術によってバイクとクラウド、そして周囲の交通インフラがつながることで、HUDは単なる表示装置から、ライダーを守る高度なインターフェースへと進化を遂げようとしています。

視界を遮ることなく、必要な時に必要な情報だけが空中に浮かび上がる。そんなかつて夢見た未来は、もうすぐそこまで来ています。HUDの導入は、単にガジェット好きの所有欲を満たすだけでなく、より安全で賢い「ニュータイプ」なライダーへの近道となるかもしれません。